アメリカ文学の最高峰!「白鯨」を読んでから死ね! 作者編

こんにちは。ばんばんです。過激な題で失礼します。

みなさんは「白鯨」という小説をご存知ですか?アメリカ文学最高峰の名作です。

今回から数回にわたって「白鯨」の魅力をお伝えします。

まずは作者のハーマン・メルヴィルについて書きましょう。

ハーマン・メルヴィルってどんな人?

ハーマン・メルヴィルは1819年にアメリカのニューヨークで生まれました。

ハーマン・メルヴィルの肖像画 Wikipediaより引用

11歳の時に家庭の経済状況が悪くなり、2年後には父が多額の借金を残して死亡します。以後メルヴィルはさまざまな職業を転々とします。

メルヴィルの職歴 教員

メルヴィルは16歳で教員の資格を取り、代用教員として勤めます。その後測量技師を志しますが、財政難のため挫折。

1839年に船員になります。

メルヴィルの職歴 船員

兄の紹介で船員になったメルヴィルは、船の生活に嫌気がさし、マルケサス諸島のヌク・ヒバ島で脱走。しばらくの間先住民と生活します。

その後救出されますが、タヒチ島で乗組員の暴動にまきこまれ、イギリス領事館に逮捕されます。

メルヴィルの職歴 文筆家

1844年ころには家計もよくなり、船員の経験を活かして文筆業を志します。

当時は海洋小説が流行していたので処女作「タイピー」を出版。その後も作品を発表し続けますが、芳しい評価は得られず、就職口を探します。

メルヴィルの職歴 税関職員

妻のつてで税関に就職します。結局この仕事が最後となりました。

教員→船員→文筆家→税関と、転職エージェントもびっくりの職歴を誇るメルヴィル。実際にもっとたくさんの職業を経験しています。

波乱万丈の人生は生活に追われ、裕福とはいいがたいものでした。

不幸な晩年

晩年は長男マルコムのピストル自殺、次男スタンウィクスの失踪(のちにサンフランシスコで死亡)、自宅の焼失など、相次ぐ不幸に見舞われます。「白鯨」も生前は評価されず、失意の中1891年に死去します。

メルヴィルの著作の評価

「白鯨」をはじめ、メルヴィルの作品は難解です。死後30年経ってから再評価され、「白鯨」はモームが選ぶ「世界十大小説」に選出されています。

漫画「ワンピース」で、白ひげ海賊団の船が「モビーディック」という名前ですが、「白鯨」に登場するクジラからとられていると考えて間違いないでしょう。飲食店の名前にも使われるなど、文学以外の分野にも影響を与えています。

不遇の小説家ともいうべきハーマン・メルヴィル。彼の作品を読むことがせめてもの追悼になるでしょう。

まとめ

「白鯨」の作者ハーマン・メルヴィルはこんな人

  • 生活に追われ、様々な職業を転々とした
  • 生前は評価されなかった
  • 晩年は不幸に見舞われ、失意の中死んだ
  • 「白鯨」は死後30年して評価された

次回からは「白鯨」の内容に迫ります。

 

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