創作小説 功太 最終回

講演会を田村が企画していた。シェイクスピアの作品のあらすじや台詞を紹介する内容だった。演劇部にも協力してもらい、演じた時の心境をインタビューする予定だった。すでに会場は決まっていた。功太は人を集めろと言われた。

「集めるって、どうすればいいんだよ」

「知ってる人にに声をかけてくれ。おれはネットで集客する」

「日程は?」

「三日後だ」

会の最後に本井の話をして、宣伝もするつもりだと言った。

「上手くいくのかよ」

「なにもしないよりはいい」

次の授業がある、と、行ってしまった。功太は大川の研究室に向かった。用件を伝えると、彼は苦笑した。

「できたらでいいので、来てやってください」

「うちの学科でも話題になってたよ」

「そんなに広まってるんですか」

「みんな知ってるよ」

「毎日新しい仲間を増やしてます」

「都合がつきそうだから、ぼくも行くよ」

大川は、良子の容態を知っているのだろうか。知っているとしたら残酷だったし、知らないとしたら哀れだった。

「小野君は、西宮さんが好きなの?」

答えないでいると、大川は謝罪した。

「不躾な質問だったね」

「そういうわけでは……」

「田村君がそんなことを言っててね。気になったんだ」

愛想笑いをしたが、大川は笑っていなかった。

「西宮さんは、結婚するかもしれないよ」

「知っています」

話を切り上げて、功太は部屋を出た。侮辱された気分だった。扉を閉める時、背中に視線を感じた。

 

田村は準備を進めていた。学校にパソコンを持ち込んで作業をしていた。

「どれくらい集まった?」

「五人くらいかな。もう少し来て欲しい」

キーボードをたたいて、資料を作っている。

「田村、なんで西宮さんが嫌いなんだ」

彼は手を止めた。表情から感情を読み取ることができなかった。

「おれは、いじめられてたんだよ」

「そのことと、西宮さんと関係あるのか」

「あいつは、おれをいじめてた奴らに似てるんだ」

田村は画面に視線を戻した。

「外見じゃない。雰囲気とか、立ち居振る舞いが似てる」

電話をした。講演会のことを話している。口調も表情もいつも通りだった。スマートフォンを置いてから、質問した。

「なんでそんな話をするんだ」

功太は、良子から聞いた話をした。

「西宮さんの話を聞いた時、お前が彼女を嫌った理由がわかった。なんとなくだけどな」

「お前は、あいつみたいにならないでくれよ」

講演会の参加者は八人ほどだった。十五畳ほどの部屋で、前方に田村がいた。上演会でハムレットとオフィーリアを演じた学生も来ていた。功太は大川と一緒に最前列に座った。

開始時刻になると、田村は丁寧な挨拶をした。シェイクスピアの経歴や代表作を紹介し、逸話や雑学も織り交ぜていた。「ハムレット」の紹介をする時、彼は主人公ついて語った。

「ハムレットはなぜガートルードを許せなかったのでしょうか。心変わりを嘆いたというよりは、結婚という制度を憎んだのだと、ぼくは考えます。男は結婚を憎んでいるのです。どんなに愛した女とでも、結婚しないで済む道を探すのです。誰もがハムレットになりうるのです」

田村は満足そうだった。休憩の後でインタビューに入る予定だった。大川が声をかけてきた。

「田村君、頑張ってるね」

「かなり調べてますね」

「ハムレットは結婚を憎んでいる……か。面白い考えだね」

「大川先生は、ハムレットの気持ちがよくわかるとおっしゃってましたよね。田村の話を聞いて、どう思われますか」

「ぼくは結婚を憎んでないよ。むしろ早く結婚したいと思ってる。良子にもいい相手を見つけて欲しい」

「良子さんは、結婚したくないと言ってました」

返事はなかった。

「良子さんの容態を、ご存知ですか」

「どういう意味?」

「かなり悪いみたいですよ」

「そんな話は聞いてないな」

大川は目を逸らした。更に質問しようとすると、休憩時間が終わった。参加者は席に戻った。二人だけが立っていた。田村に促されて椅子に座った。

演劇部へのインタビューが始まった。ハムレットを演じた青年は、舞台にいる時よりもひ弱に見えた。彼の母親も再婚しているので、ハムレットの気持ちはよくわかると語っていた。結婚したいですか、と尋ねられると、首を横に振った。

オフィーリアを演じた女は、オフィーリアが死んだ理由について、「予期していたのだと思います」と答えた。

「予期というと?」

「この物語は、登場人物が全員死にますよね。そうなることを、予期していたのだとわたしは考えています。その事実を受け入れられなくて、死んだのです」

「オフィーリアは自殺したのでしょうか」

「わかりません」

淡々と進んだ。雑談することも、笑いが起こることもなかった。インタビューが終わると二人は退場した。

最後に本井の話になった。今日話したことは全て彼から教わった。優秀な方なので教授にしようという論調だった。会場は白けてしまったが、構わずに田村は続けた。席を立つ人がいてもやめなかった。

 

近くのファミリーレストランで打ち上げをした。田村と本井と功太しか集まらなかった。

「上手くいったのか」

「大盛況でしたよ」

「小野君、どうだった」

「先生にアドバイスをもらったんじゃないんですか」

「ぼくはなにもやってないよ」

素知らぬふりをして、田村はカレーを食べていた。

「インタビューはどんなことを聞いたんだ」

「ハムレット役の話は面白かったですよ」

本井が詳しく聞きたがったので、田村が話した。

「自分も親の再婚を経験していたというのは、興味深いね。適役だったわけだ」

「演技も真に迫ってましたよね」

「お前は結婚したいと思うか」

「思いません」

「なぜ」

「西宮がしたがっているのを見ると、結婚がそんなにいいものには思えません」

功太は本井に質問した。

「先生は結婚なさらないんですか」

「しないね」

「なぜですか」

「ぼくは父親を中学の時に亡くした。その少し前に母も死んだ。父が死ぬ時、聞いたこともない女の名前を出して、会いに行けと言った。誰なのかと尋ねても教えてくれない。強いて聞くと、ぼくの本当の母親だということだ」

本井はピッチャーから水を注いだが、飲まずにテーブルに置いた。

「こんな経験をして、結婚だとか家庭だとかいうものを信じられるか。西宮さんは、兄さんとご両親に愛されて育ったんだろう。そういう人間には、絶対にわからないことがある。ぼくもハムレットも、それに縛られてるんだよ」

功太は本井に共感していたが、口を挟むことはできなかった。

店の外で、本井に尋ねられた。

「君は、ハムレットが好きかな」

功太はハムレットの台詞を思い出していた。良子に会いたくなった。

「嫌いです」

夕暮れが近づいていた。

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