創作小説 無題①

おれがやつに出会ったのは、とある食品会社の応接室でのことだった。新卒採用面接のためにその会社に行き、案内された部屋で、椅子に腰掛けて名前を呼ばれるのを待っていた。
やつはおれの数分後に入ってきた。光沢のあるネイビーのスーツを着て、白無地のシャツにブラウンのネクタイをしていた。革靴もネクタイと同じ色で、つま先が光っていた。髪は七三分けにして、太い眉と黒い瞳が印象的な美男子だった。
うしろ手に扉を閉めて、大股で歩いておれの隣の席に座った。おれの目はヤツに釘付けで、隣に座ってからもずっと見つめていた。
「なんなんだ、人のことをジロジロ見やがって」
眉間に皺を寄せて睨んできた。慌てて目をそらして、「すみません……」と謝った。他の学生がおれの方を見た。
数分後に名前を呼ばれて、背中にやつの視線を感じながら部屋を出た。

コーヒーメーカーのために通された応接室に、やつがいた。今度はアディダスの黒いジャージを履いて、同じ色のパーカーを着て、靴はミズノのランニングシューズだった。
「よお、また会ったな」
おれの顔を見ると声をかけてきた。かなり大きな声だったが、部屋にいた他の学生は誰も顔を上げたりやつの方を見たりしなかった。きっと関わり合いになりたくないのだろう。
「この前の食品会社はどうだった、受かったか?」
「……落ちたよ」
「それは残念だったな」
「そっちこそどうだったんだよ。あんな格好してたけど」
「おれか?おれも落ちたよ」
そう言ってやつは大声で笑った。おれは恥ずかしいとか腹立たしいとかを通り越してうんざりした。なんだかこの会社も落ちそうな気がした。

面接は会議室という立て札のある部屋で行われた。ノックをして、「失礼します」といつもより高い声で言って入室すると、中年のスーツを着た男が二人、椅子に座っている。二人のうち片方は紺のスーツを着て、もう一人は灰色のスーツを着ていた。おれが入ると紺色の方が「どうぞ」と言ったのでおれはパイプ椅子に腰掛けた。尻がひんやりした。
「お名前と学校名をお願いします」
灰色の方に促されて、おれは口角を上げ、はきはきとした声で大学と自分の名前を言った。
「弊社を志望した理由を教えてください」
「はい。御社は他社にはない独自の技術で競争力の高い商品を開発し、お客様を最優先にした営業で顧客を作り、業界トップの業績をあげております。御社の掲げるお客様第一の精神に則った経営方針に魅力を感じ、志望致しました」
「あなたが弊社に入社したとして、どのような形で弊社とお客様に貢献することができますか?」
「わたしは高校三年間野球部に所属しておりました。そこでは学年や出身中学の違うメンバーが集まり、勝利を目指して練習や試合に臨みます。社会人になってからも、経歴や年齢の違う人たちと一緒に仕事をし、利益を出さなければなりません。そのような環境で、わたしが野球経験を通して身につけたコミュニケーション能力が必ず役に立ち、御社にもお客様にも貢献できます」
「高校の名前を拝見しましたが、なかなかの野球強豪校らしいですね」
「はい。甲子園には春四回、夏二回出場しております」
「なるほど。ポジションはどこですか」
「投手をしておりました」
「エースでしたか」
「いえ、残念ながらベンチを外れてしまいました」
「そうですか。大学では文学を専攻しているとのことですが、専門はなんでしょうか」
急に話題が変わったので、おれはすぐに答えられなかった。ベンチを外れた時の悔しさを語るつもりで頭がいっぱいだったために、言葉が出てこなかった。しどろもどろになりながら返答した。
その後、いくつかのやりとりがあったが、どの質問に対してもおれはつかえたり支離滅裂なことを言ったりするばかりで、面接官たちの表情が変わることは無かった。

肩を落としてビルを出ると、やつがいた。
「よお、どうだった、面接は」
「ダメだったよ。あれで受かったらすごいよ」
「そっちはどうだった?そんな格好だけど」
「いや、なかなか手応えあったよ。もしかして通るんじゃないか?」
ニヤつきながら言ったので、冗談にしか聞こえなかった。
「面接中もそんな態度だったのか?」
「おかしいか?」
「大学で面接の練習とかしなかったのかよ。言葉遣いとか、所作とか、どういう話をするべきか、とか。身だしなみのことも言われるはずだろ」
「そういうことをする奴らもいるんだろうけどさ、就職活動ってのは自分の個性をアピールするのが目的だろ? なのになんでみんな同じ格好をして、同じような質問に同じような答えをしてるんだよ」
やつの言葉に、おれは何も返せなかった。それはおれがずっと思っていたことだった。
気づいたら駅に着いていた。やつは逆方向の電車に乗るとのことだったので、改札を通ってすぐに別れることになった。別れ際にやつはスマートフォンを取り出した。
「連絡先を教えてくれよ。飲みに行こうぜ。お前はなんだか面白いやつだからな」
やつは電話番号を書いたメモを渡してきた。電話帳に登録するために名前を尋ねると、やつは答えた。
「仙崎学だ」



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