創作小説 無題②

久しぶりに大学に行くと、河本に会った。
「春休みぶりか?」
「そうだな。スーツ着てるところをみるとお前も就活か?」
「いや、違うよ。おれ、バイトしてる塾で社員として採用されることになったんだ」
「あ、そうなんだ……」
「おいおい、勘違いするなよ。就活してないって言っても社員になるための研修があるし、授業準備だって今までよりもちゃんとやらなきゃいけないんだから、お前よりもむしろ大変だよ」
おれはため息をついて背もたれに体を預けた。就職活動の疲れが一気に出てきたような気がした。
「就活はどうなんだよ」
「ダメだよ。内定なんかもらえる気がしない」
「そうか……」
河本はなんと言っていいかわからないという表情で口をつぐんだ。おれも気を遣わせたような気がして、その後の言葉が出てこなかった。二人で気まずい沈黙の中にいると、教授がやってきて講義が始まった。

 

不採用通知のメールを削除しながら、おれはため息をついた。これで十社めだ。部屋の壁にかけたカレンダーは六月なので、就職活動が始まってからまだ二ヶ月しか経っていない。もう半年くらいはやっている気がする。もう交通費だけで二万円以上は使ってるし、同じことを履歴書に書き続けるのもうんざりだ。クローゼットにかけてあるリクルートスーツを眺めた。
暇つぶしにスマートフォンをいじっていると、仙崎と連絡先を交換したことを思い出した。やつは予定が合ったら飲みに行こうと言っていた。社交辞令だとは思うが、おれはもう誰でもいいから話を聞いてほしい気分だったので、電話をしてみた。
「やっぱり電話してきたな」
「前、予定が合ったら飲もうとか言ってたよな。突然だけど、今夜とかどう?」
「今夜ならおれも空いてるよ。お前はどこに住んでるんだ?」
おれが最寄駅を言うと、仙崎がおれの家の近くまで来てくれることになった。駅で待ち合わせることにして電話を切った。

 

おれたちは駅前の小さな飲み屋に入った。生ビールを注文した。仙崎は一気に半分以上は飲んでしまった。
「飲みっぷりがいいね。酒は好きなの?」
「まあな。弱いのか?」
「好きだけどすぐに酔っちゃう体質でね」
「そういば、この前のコーヒーメーカーの会社は受かったのか?」
ジョッキを傾けながら仙崎が尋ねた。おれは顔をしかめた。
「いや、見事に落ちたよ。そっちは?」
「おれも落ちた」
「いいね、楽天的で」
「お前はそんなに悲観してるのか? 」
「いや……だって……選考を受けたからには採用されたいだろ。そう言うお前だって面接を受けには行ってるんだから、採用されたかったんじゃないのかよ……」
「まあそれもあるけどな。別に落ちたってショックなんか受けないよ」
仙崎の言葉を聞いて、おれは数秒の間なんと答えていいかわからなかったが、やがて大声で笑った。他の客や店員が眉をひそめて見てきたが、気にならなかった。
「何を笑ってるんだ?」
「いや、今の言葉、人事部とか面接官が聞いたらどう思うかなって考えたら面白くってさ」
ぬるくなったビールを飲んでおれは言った。ポテトを食べると塩と油が口の中に広がった。
「人事部とか面接官が聞いたら、か……」
仙崎は鼻で笑った。
「なんだよ……」
「お前、飲み屋で酒を飲んでるときも人事部や面接官の評価や視線が気になるのか」
仙崎に言われて、おれはジョッキを持ち上げた手を止めた。コーヒーメーカー会社の面接官たちの顔が頭にちらついた。何も言えなかった。
「お前は他人の視線の奴隷なんだよ」

 

仙崎は五杯のビールと一杯のチューハイを飲み、おれはビール一杯が限界だった。ポテトに加えてアジの開きや卵焼きも注文した。その割には会計の金額が安かったような気がしたが、安い分にはいいと思って店を後にした。
「悪いな、奢ってもらって」
「気にするな。おれも楽しかった」
「いいな、酒に強くて。おれなんて一杯で限界だよ」
「まだ飲み足りないから何か買っていかないか」
「おれはもういいから、一人で買ってきてくれよ」
コンビニから出てきた仙崎は大きなビニールぶくろを提げていた。中を見せてもらっておれは呆れた。缶ビールが二本、チューハイが三本、スナック菓子も入っていた。
おれの部屋に入って電気をつけた。入り口を入ってすぐ右に洗濯機があり、その奥に台所、更に奥がトイレと風呂だ。廊下を抜けると十畳の一間があり、ここがおれの生活空間の全てだった。テレビと服と本とゲーム機しかないこの部屋でおれは大学生活を送ってきた。
「いい部屋だな」
仙崎は床に座り込んで酒を取り出した。おれは風呂に入った。戻ってくると、床には二本の空き缶が転がっていた。
「お前も座れよ」
仙崎に促されておれも腰を下ろした。窓は開け放してあるので、夜風が吹き込んでくる。
「お前はまだこのシューカツとかいう嘘つき大会を続けるのか」
「どうだろうな……採用してもらえないのは別に良いんだけどさ、一番嫌なのは、面接を受けてる時の自分なんだよ」
「というと?」
「大学でやってくれた面接対策でも言われたし、人事の人がアドバイスをくれることもあるんだけど、面接の時一番ウケがいい話って、何か一つのことを続けてきた経験か、挫折から立ち直った経験なんだよ。おれにとってそういう経験は高校野球しかないから、面接でもその話をするわけだ。おれは高校二年のときに腰を痛めてしばらくプレーできなかったんだけど、三年になる直前にようやく治って、そこからベンチ入り目指して頑張ったんだ。メンバー入りの候補には残ったんだけど、結局背番号をもらうことはできなかった。それでもチームのために後輩を指導したり、レギュラーの練習の補助とかしたけどな。この話は面接の時ウケが良くて、最終面接まで残った会社はこの話で評価してもらえたんだ。でも、おれは高校野球の話を面接でするのが悔しいんだよ」
「でも、シューカツで野球のことをネタにしてしまったのは、お前自身なんだよな」
おれは仙崎を睨んだ。無言でおれを見つめていた。何も言い返せない。
「外に出よう」
仙崎と連れ立って外に出た。
生暖かい風がおれの前髪を揺らした。どこにいくのかと仙崎に尋ねると、やつは無言のまま家の裏の神社を指差した。おれたちは神社に入った。
「こんなとこで何するんだよ」
声をかけると、仙崎は振り向いた。闇の中でも奴が笑っているのがわかった。両手を広げて、奴は言った。
「おれを殴れ」
「殴れって……どう言うことだよ……」
「腹が立ってるんだろ? シューカツとか、人事の連中とかに。おれを面接官だと思ってぶん殴ってみろよ」
「いや……でも……」
言葉ではためらっているような素振りをしたが、おれは右の拳を固く握り締めていた。拳の中で汗が滲み出てくる。躊躇えば躊躇うほど、心臓は高鳴り、汗が吹き出てきた。女とやるときみたいだ。
「さあ、こ……」
仙崎が言い終わるより早く、おれはやつの顔面を殴っていた。鼻っ面を狙ったが、実際に当たったのは頰だった。鈍い音がして、仙崎はよろめいた。うめきながら上体を折り曲げて唾を吐いた。暗闇の中でも、それが赤黒くなっているのがわかる。
「くそ……口の中を切ったぜ……
「わ……わるい……」
膝に手をついて苦しんでいる仙崎を見て、熱気は冷めていき、罪悪感が湧き上がってきた。駆け寄ったおれの左目の下を仙崎の拳が抉った。 体勢を立て直す前に今度は胸を殴られた。
「なにするんだよ……」
「先にやったのはお前だろ」
そのあと、おれたちは時間を忘れて殴り合っていた。途中でどちらかが尻餅をついたら、立ち上がるのを待ってまた始めた。汗だくになってやめた時には身体中が土と血に塗れて、地面に座り込んで肩で息をしていた。息を整えてから仙崎が口を開いた。
「どうだ……嘘つき大会よりは面白いだろ……」
切れた唇から流れる血をぬぐいながら、おれは頷いた。



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