創作小説 無題③

その後、おれたちは毎日会っては神社で殴り合うようになった。神社で戦っている短い間は進路や将来に対する不安から自由になれたが、戦いが終わって一夜明けると、拳や頰に残った鈍い痛みとともに、ぼんやりとした何かが頭の上から覆いかぶさってきた。それを払拭するためにまたリクルートスーツに腕を通すのだが、説明会に来て事業内容や給与の話を聞いても明るい気分にはなれず、夜になって戦って少しの間だけ自由になる。この繰り返しだった。おれは麻薬にハマっていく人の気持ちがわかる気がした。

 

戦い始めてから一週間ほど経ったある夜、おれはいつものように仙崎と二人で神社にいた。時刻は夜の十時。神社の周囲は不気味な静けさに包まれていた。
おれはジャブを使って距離を保ちながら長期戦に持ち込もうとした。仙崎はパワーがある代わりに持久力がないので、長引けばおれの方が有利だ。仙崎も戦いを重ねていくうちにおれの作戦を理解して、できる限り早く勝負をつけたがるが、不用意に近づけば急所に一撃を食らう。お互い牽制しあいながら時間が経っていった。おれはフットワークを使い、左右に体を揺らしてフェイントを入れる。隙を見て何度かパンチを繰り出したが、仙崎の肩をかすっただけでたいしたダメージは与えていない。仙崎の拳もおれの肘や肩に当たって鈍い音をたてるだけだった。
「ちょっと待て」
今まさにおれが渾身の一撃を仙崎の顔面に打ち込もうと踏み込んだ時、仙崎が神社の入り口の方を見ながらおれの動きを制した。
「なんだよ」
おれは眉間に皺を寄せて仙崎の指差した方向を見た。鳥居の側に立っている街灯に照らされて、人影が見えた。コソコソと動いて、鳥居の陰からこちらの様子を伺っているみたいだ。
「見られてたな」
仙崎は小走りで鳥居のところまで行き、しばらくすると一人の男の肩を掴んで戻ってきた。その男は身長は仙崎と同じくらいだが、顔はまんまるで腹も出ていた。体重は八十五キロはありそうだ。暗闇なので色はよくわからないが、濃色のスーツを着てネクタイはしていない。髪の毛はスポーツ刈りで、眉は太くて鼻が丸く、豚みたいなやつだった。
「覗き見してやがった」
男は完全に取り乱していて、怯えきっていた。
「いつから見てた? 今日が初めてか?」
腕組みをして男の顔をまっすぐに見つめながら仙崎は問いただした。睨んでいるわけではない。ただ見つめているだけなのだが、視線は力強い。
「今日……初めて見ました……」
「いつもこの道を通るのか」
「いえ……向こうのショッピングモールに行きたくて、仕事の終わりに通ったんです……」
「どこに住んでる?」
「駅の裏のコンビニの近くです……」
仙崎は腕組みをしてなにか考えていた。この男をどうするかを考えているのだろう。おれも一緒になって考えていると、男が口を開いた。
「あ……あの……ここでなにをやっていたんですか……」
「戦ってたんだよ」
はっきりした口調で仙崎がいうと、男は一瞬体を震わして、視線を足元に落として固まってしまった。何かボソボソと呟いているが、聞き取れない。
仙崎は口元を歪めて笑っていた。少しの間を置いて、言った。
「お前も戦いたいのか?」
「え……? その……」
仙崎はたたみかけた。
「素直になれよ」
顔を上げて、目を見開いて仙崎を見た。頰が火照っているのがわかる。
「来いよ、相手になってやる」
仙崎はファイティングポーズをとった。男はためらいながらも仙崎に倣った。腰が引けて不恰好だが、体が大きいので威圧感があった。まだ躊躇っている様子だったが、顔の前に上げた拳を下ろそうとはしなかった。
仙崎が攻撃してこないのを見ると、男は一歩距離を詰めた。わずかな距離を動くだけで、岩が動いたような迫力があった。仙崎は半歩後退した。もう一歩踏み込み、腕が届く範囲に仙崎を捉えた。仙崎は牽制のためにジャブをしたが、体重が乗っていないのでたいした威力はなかった。構わず右の拳を突き出した。拳は仙崎の顔面に当たった。仙崎は体をひねって直撃を避けたが、鈍い音がして体はよろめいた。無防備になった腹に左の拳がめり込んだ。嘔吐するときの音が仙崎の喉から漏れ、地面に膝をついた。両手で腹を抑え、額を地面につけてうずくまってしまった。

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