創作小説 無題⑥

その日の夜、十時を過ぎると神社に行った。今日は仙崎も予定があり、直接神社で落ち合った。二週間振りに参加した金谷は仕事が休みだったらしく、仙崎と二人で待っていた。
「どうしたんだ、その格好は」
鳥居をくぐったおれを見て仙崎が言った。おれはリクルートスーツを着ていたのだ。
「一回このダサいスーツを汚して見たくてね」
薄笑いを浮かべておれは言った。仙崎と金谷が目を丸くしておれを見ている。おれは金谷を戦いに誘った。いつもはポロシャツにスラックス姿で現れる金谷だが、今日は紫色のジャージを着ていた。きっと他のやつが着たらダサいんだろうが、金谷のまん丸な体には似合っていた。金谷は顔をほころばせて境内の真ん中に行き、おれと対峙した。少し離れたところで仙崎は腕組みをして見守っていた。
おれは戦いが始まるとすぐにジャブをしながら距離を詰めた。金谷は不意を突かれてたじろぎ、後退しながらおれの攻撃を腕でガードした。おれは金谷の突き出た腹に右の拳をめり込ませた。くぐもった声を漏らして、金谷は上体を折り曲げたが、すぐに顔を上げた。攻撃し続ける間、おれは背中に仙崎の視線を感じていた。
金谷は体勢を立て直すと闇雲にパンチを繰り出してきた。少しずつ距離を詰めながら、大きな拳をおれの顔面やみぞおちめがけて突き出す。おれは両手を顔の前で交差させてガードしたり、体をよじったりして致命傷を避けていたが、金谷の圧力と連続攻撃に押されて次第に息が切れてきて、腕や肩が痛くなってきた。
おれが守りに徹していると、金谷も呼吸が荒くなってきて、パンチの威力が落ちてきた。荒い息の音と、汗の酸っぱい匂いがした。金谷が口をだらしなく開けて顔をしかめているのが暗闇の中でもわかった。おれは次第に弱くなる金谷の猛攻を防ぎながら、左足を前に出して右足で踏ん張り、ヘソに力を入れた。金谷の拳が引っ込んだところを狙って、腰を回転させながら右の拳を金谷の眉間にぶち込んだ。鈍い音がして、金谷は仰け反り、右肩を下にして地面に崩れ落ちた。
おれは肩で息をして、顎から汗が滴り落ちるのを感じた。金谷は意識はあるが、なかなか立ち上がろうとはしなかった。
「脳震盪を起こしてるな。意識があるから大丈夫だとは思うが」
おれの隣に来て、仙崎は呟いた。体の動きを止めると、戦っている時には感じなかった暑さが蘇ってきて、全身から汗が吹き出てきた。おれはたまらずジャケットを脱いだ。
「それにしてもいい戦いだったな」
仙崎がおれの肩に手を置いた。その手は熱くも冷たくもなく、そこに何も存在していないみたいだった。おれは仙崎の言葉を無視した。強敵である金谷に勝ったのに、なんの感情も湧いてこない。
「どうした?」
仙崎がおれの顔を覗き込んだ。金谷も眉間を押さえながら立ち上がっておれの方を見ている。おれは二人の視線が体に突き刺さる様な気がした。どうしてそんなにおれを見ている?
おれは手に持ったジャケットを地面に叩きつけた。闇の中でぐちゃぐちゃになったジャケットは、何か不気味な生き物のように見えた。それを踏みつけながら、おれは金谷に向かって言った。
「金谷、お前に宿題を出す。ここで夜中にコソコソ戦ってても、何も変わらない。お前の上司をぶちのめしてこい。殺すのはまずいが、二、三発お前のパンチをぶち込んでやれ。お前の教室の室長をぶちのめしたら、他の教室のやつらもやってやれ。もう奴らのに縛られることはない。本当のお前を解放するんだ」
金谷はあっけにとられていたが、やがて笑顔になって頷いた。おれは仙崎の視線を背中に感じていた。

 

 

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