創作小説 無題 最終回

金谷に宿題を出した二日後、夕飯を買いに駅前のコンビニに行った。弁当を買って出てくると、河本が店の前の歩道を歩いて行くのを見た。誰か体の大きな人の肩を支えていて、支えられている人は酔っているのか、うな垂れていた。
「河本、何やってんだよ」
おれが声をかけると、河本はおれに気づいてこちらを見た。近づくと顔が赤く、息が酒臭かった。 酔っているみたいだが、意識ははっきりしている。
「おう、そういえば、お前はこの辺に住んでたんだっけな。この人、うちの塾の人なんだけど、飲み会でつぶれちゃってさ。家まで送るの手伝ってくれないかな」
肩を抱いている人を横目で見ながら言った。うな垂れている人はピンクのポロシャツと黒のスラックスを履いていて、かなり太っていた。その人は呻きながら顔を上げておれの方を見た。金谷だった。やつは薄く開けた目でおれの顔を見ると、にっこりしながら口を開いた。
「あ、仙崎さんじゃないですかぁ。よかったら一緒に飲みませんかぁ?僕は酔ってるけどまだまだ飲めますよぉ。あ、でもだめかぁ。仙崎さんはお酒弱いからなぁ」
あははは、と子供の様に笑う金谷を見て、おれは言葉を失った。河本も唖然としている。おれは背中に冷たい汗が伝うのを感じた。
「すみませえん。あの宿題はまだやってませえん。最近はあのアホ上司がすぐ帰っちゃうんで機会が無くて……。期限までには必ずやるんで安心してください……」
子供の様な笑顔のまま金谷は言ったと思ったら、自分の肩を支える河本とおれの顔を交互に見て、血相を変えて直立不動の姿勢になった。おれの方にむきなおり、腰を九十度に曲げて頭を下げ、耳をつんざく様な声で叫んだ。
「申し訳ありませんでしたぁぁ!!」
コンビニの前にたむろしていた中学生や、店の中にいる人までがおれたちを見た。金谷の後ろにいる河本は耳を塞いで顔をしかめた。
「二度までも仙崎さんに迷惑をかけるようなことをしてしまいましたあ! お許し下さいぃ!!」
再び頭を下げる金谷に河本が言った。
「どういうことなんですか金谷先生。こいつがいつも言ってるセンザキなんですか?」
河本の言葉には答えず、金谷は上目遣いにおれを見たり、足元に視線を落としたりしていた。いつもの金谷だ。おれは何が言いたかったが、言葉が出てこなかった。
「仙崎さんへの誠意を見せるためにも、宿題は必ずやります。期待していてください」
神社に現れる時と同じ目でおれをまっすぐ見据えながら、金谷は言った。河本とおれに背を向け、さっきまで人に肩を借りていたとは思えない足取りで去っていった。
「おい、どういうことなんだよ……」
「いや……おれもさっぱり」
やっとのことで絞り出した声は震えていた。
「金谷先生、最近おかしいんだよ。仕事中も一人で笑ってたり、シャドーボクシングやってたりしてさ……。生徒も社員も気味悪がって近寄らないんだよ。センザキさん、センザキさん、ってずっと呟いてるし……。お前、何か知ってるなら教えてくれよ」
河本に言われて、おれは夜の神社でのことを話しそうになったが、背中に視線を感じて口をつぐんだ。見なくてもわかる。後ろでおれを見ているのは仙崎だ。
「いや……その、おれは何も……知らないよ……。今の人、カネヤ先生だっけ。酔ってたから意識が混乱してたんじゃないの」
まだ問いただしてくる河本を振り切って、おれは逃げるように家に帰った。コンビニで買った弁当を途中で落としてしまい、容器の中でご飯と唐揚げが滅茶滅茶になってしまった。アパートの前についたとき、ポケットの中でスマートフォンが振動した。画面を見ると仙崎から電話がかかってきていた。
「もしもし……」
スマートフォンを耳に押し当てる手は震えていた。仙崎の楽しそうな声が聞こえた。
「あの河本とかいうやつに喋らなかったのは褒めてやるよ。よく我慢した」
「お前、さっきおれの後ろにいただろ……」
「おれはいつでもお前の側にいるよ」
背後で声がしたので振り向くと、仙崎がいた。ネイビーのスーツと白シャツ、ブラウンのネクタイをした、あの格好だった。手に持っているスマートフォンは、おれのと同じ機種だ。
「おかしいと思わなかったのか。なぜおれと電車で話していると他の乗客がじろじろ見てきたのか。おれと飲みに行った時の会計がやけに安かったのはなぜか。神社での戦いによる体の異変が、金谷が通いだしてから出てきたのはなぜか。本当に金谷と戦っていたのは誰か」
「お前は……」
「仙崎学はお前が作り出したもう一つの人格だ。他人の目を気にせず、酒に強く、カリスマ性がある。お前が持っていないものを全て持っている男、それがおれだ。嘘つき大会を続ける中でお前の中に溜まったストレスや、潜在的な暴力衝動がおれを作り出したのさ」
仙崎はそこまで言って大声で笑った。その声は世界の果てまでも届きそうだった。
「お前の目的はなんだ……」
「おいおい、それはお前が一番よく知ってるだろ。おれの目的はお前の目的だよ……。ぶちのめしてやりたいんだろ? 面接官の連中みたいなやつらを。そのために金谷を仲間にしたんだろ。まあ、やり方が少し強引過ぎたのと人数が少なかったのが反省だな。次はもっと人を集めてやらなきゃな。できるさ。おれとお前なら……ただ、やっかいな人間が出てきたな」
「やっかいな人間?」
「あの河本とかいうやつだよ。お前と金谷の関係を知ってしまった。神社の集まりを察知するのも時間の問題だぞ。殺すか」
「殺すって……まずいだろそれは」
「まずいって、やるのはお前だろ? 河本とかいうあの男も、お前が嫌いな面接官の連中と一緒じゃないのか。おれは詳しくは知らんがな。とにかく、金谷が職場の上司をぶちのめして、お前が河本を殺す。これを皮切りに気に入らないやつは皆殺しだ。別にいいだろ。どうせシューカツが上手くいって働き始めたとしても、上司も先輩もみんな面接官みたいなやつらだよ」
仙崎はそう言って、おれに背を向けて歩き出した。おれは駆け出してやつにしがみついたが、おれの体は仙崎の体をすり抜けて、アスファルトの上に転がった。膝と顎を擦りむいて、血が滲んでくる。
「何やってんだ。おれに触れるわけ無いだろ」
仙崎は背後で笑っていた。おれは立ち上がり、スマートフォンを取り出した。震える手で河本の連絡先を探し出して電話をかけた。
「もしもし、河本、今どこにいる」
「どこって、駅だよ」
「早く安全な場所に逃げろ! 仙崎がお前を殺しに行く!」
「センザキがおれを….…? お前、ホントに大丈夫か?」
河本はコンビニの前で話した時よりも間延びした声で喋っていた。
「お前も金谷先生も、もしかしておれをはめてんのかよ。趣味悪いからやめろよな」
電話は切れた。呆然として画面を見つめるおれのそばで、仙崎がにやついている。
「相手にされないみたいだな。好都合だ。おれはさっさと奴を始末しに行くぞ」
おれは駅に向かって走り出した。

 

「河本……」
つぶやきながらホームをうろついていると、待合室の中に河本がいた。ベンチに腰掛けてスマートフォンをいじっている。おれはドアを開いた
「河本! 逃げるんだ!」
近づいて腕を掴むと、河本はおれの顔を見上げた。
「なんなんだよ。ホントにどうしたんだ」
やつはおれの手を振り払った。ベンチが四つ並んでいるだけの狭いガラス張りの待合室の中で、おれたちは向かい合って立っていた。おれの体からは汗の匂いがする。
「病院行った方がいいんじゃないか」
軽蔑するような目で河本は言った。顔をしかめているのは、汗の匂いのせいだけじゃないだろう。
「おれの様子がおかしいのはよくわかる。でも落ち着いて聞いてほしい。河本、お前は今、命を狙われてるんだ」
息を整えながら、慎重な言葉を選んで言った。河本はもう聞いておらず、ため息をついてベンチに腰を下ろした。ポケットから取り出したスマートフォンをいじりだす。
おれは河本の側に立ちすくんでいた。いつ仙崎がやってくる? 待合室の中からホームを見ていると、河本の後ろに仙崎の姿があった。
「仙崎! やめろ!」
おれが叫ぶと、仙崎は薄笑いを浮かべてこちらを見た。
「やめる? やるのはお前だろ?」
仙崎にそう言われると、おれの体の中にあの熱狂が蘇ってきた。高校野球のニュースを見た時と、神社で戦っている時に湧いてくる、あの熱狂。おれは河本の首を絞めて、ガラス張りの壁に押し付けた。指が河本の首に食い込んでいく。河本は不意を突かれて声も出せず、目を白黒させている。
「逃げろ! 河本、逃げるんだ!」
叫びながらおれは更に力を入れた。汗の匂い、あの熱狂。河本の動脈の感触。ガラス張りの壁の向こうで、仙崎が笑っている。
 

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