創作小説 「功太」 ④

明美も加えて作業が始まった。彼女は上着の袖をまくり、田村が本を片付けた跡を雑巾で拭いた。手の届かないところには踏み台を使った。本を入れた箱は山積みになり、部屋もきれいになった。大川は礼を言ってから、明美に声をかけた。
「西宮さん、病院には行ってもらえる?」
「はい」
大川の妹が入院しているので見舞いに行く。彼女は功太を見上げた。
「あなたも行く?」
「小野君とも、気が合うと思うよ」
功太は行くことにした。彼は、昨日明美と一緒にいた女が、大川の妹なのではないかと思っていた。
校門まで三人で歩いたが、会話はなかった。別れ際に、田村は功太に声をかけた。
「歓迎会には来るか」
新入生歓迎会が企画されていた。行くつもりだったのでそう伝えると、田村も参加する予定だった。連絡先を交換して、彼は帰っていった。もう何年も知り合いでいるかのような話し方だった。
「面白い人だね」
「急に話しかけてきたんだよ」
「大川先生から話は聞いてたけどね」
明美は歩き出した。
「昨日、噴水で会ったね。あの時一緒にいた子が、大川先生の妹さんだよ。良子ちゃんっていうの。肺が悪くて、昔から入退院を繰り返してる。外出はできるけど、坂を下りるだけでも気をつける必要があるの」
「そんなに悪いの?」
「治ることはないみたい」
病院は人の出入りもなく、ひっそりとしていた。中に入ると、薬の匂いがした。患者たちは暗い顔をしていた。三階の一番奥が良子の病室だった。中に入ると、ベッドの上に少女がいた。
「友達を連れてきたよ」
良子の頰はこけていて、肌の色は白かった。横たわっている姿は痛々しかったが、明美にはない魅力を備えていた。
「噴水にいた人」
「そうだよ」
明美は良子と話す時、表情が穏やかになった。
「お兄ちゃんは?」

「仕事だって」
「授業は始まった?」
「明日から」
良子は功太に目を向けた。
「兄とは話した?」
「話したよ」
「ハムレットの話をされなかった?」
「されたね」
「ごめんね。昔から読んでて、本が好きな人がいると、話したがるの」
「おれも好きだから、話せてよかったよ」
「それならよかったけど」
「良子さんは読むの?」
「わたしはあまり好きじゃない」
功太はそれ以上喋らなかった。明美が口を挟んだ。
「大川先生と美智子さんは、上手くいってる?」
「多分ね」
明美は功太のほうを向いた。
「大川先生がお付き合いしてる人がいてね、結婚するかもしれないの」
「美智子さんの気持ちはわからないよ。結婚したいって言ってるのはお兄ちゃんだけ」
「良子ちゃん、やきもち妬いてるんだよ」
からかうような調子だった。良子は無表情だった。
「大川先生が結婚したら、良子ちゃんだって嬉しいでしょ」
「結婚したからって、幸せになるとは限らないよ」
明美は返事ができなかった。功太の目には、彼女が卑怯な女に映った。

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