夏目漱石の「三四郎」を読んだので感想を書きます

こんにちは。ばんばんです。

夏目漱石の「三四郎」を読んだので感想を書きます。

「三四郎」ってどんな作品?

「三四郎」は1908年から連載された長編小説です。

九州の田舎から出てきた青年三四郎の恋愛と成長を描く物語です。

当時の日本に対する風刺も描かれています。

この作品の後に「それから」「門」という作品が続き、三部作とされています。

「三四郎」のあらすじ

九州から進学のため上京してきた三四郎は、里見美禰子という女性に心を奪われます。

思わせぶりな美禰子に翻弄されながら、友人の佐々木や、同郷の教授野々宮、その妹のよし子らと交流をしていきます。

三四郎の恋の行方やいかに?

「三四郎」という作品の特徴

上のあらすじを見て、「短い」と思いませんでしたか?

実際には文庫本で300ページくらいあるので長編なのですが、あらすじをまとめるのが非常に難しい作品なのです。

とくに複雑なのが人間関係です。

三四郎から美禰子への恋愛感情はわかりやすいのですが、それ以外にも恋愛関係があります。

だれが誰に恋して、うまくいっているのかいないのかわかりづらいです。

「三四郎」を読む際は、メモを取ったりすることをお勧めします。人間関係については、インターネットで相関図があるので参考にすると分かりやすいでしょう。

「三四郎」の見どころ

この作品の見どころを紹介します。

偽善家と露悪家

三四郎と汽車の中で知り合った広田先生のセリフです。以下引用します。

「君、元日に御目出度と云われて、実際御目出度い気がしますか」

「そりゃ……」

「しないだろう。それと同じく腹を抱えて笑うだの、転げかえって笑うだのと云う奴に、一人だって実際笑ってる奴はいない。親切もその通り。御役目に親切をしてくれるのがある。(中略)それ自身が目的である行為程正直なものはなくって、正直程厭味のないものは無いんだから。

「三四郎」 新潮文庫 165ページ

「偽善や表面的なものへの風刺」は、夏目漱石の作品ではよく出てきます。「吾輩は猫である」「坊ちゃん」などですね。

ライ麦畑でつかまえて」でも、思ってもいないのに「お会いできてうれしいです」と口走ることへの風刺があります。

自分の行動を考えさせられる場面ですね。

死の影

「三四郎」という作品自体は青春小説なのですが、ところどころで死の影がよぎります。

三四郎が轢死を目撃する場面

物語序盤で、三四郎は野々宮さんの留守を預かります。

深夜に家の裏で女が自殺します。汽車に轢かれ、体が真っ二つになります。

この場面は不気味な雰囲気で、怪談のようになっています。

子供の葬式

三四郎が画家の原口の家へ行く途中で、子供の葬式を見ます。

棺の周りには風車が結いつけられて、五色の羽が回っています。

三四郎は美しい弔いだと思います。

この場面は轢死の件とは違って、ほのぼのとした雰囲気で描写されています。

夏目漱石の作品は人が死んだり不倫したりすることが多いのですが、「三四郎」はそういったことがありません。

その中でなぜ轢死と子供の葬式という形で「死」が描かれたのか、考えてみる価値はありますね。

まとめ

「三四郎」はこんな作品

  • 青春小説なのでほのぼのとした物語
  • 人間関係が分かりづらいのでメモを取ったりすることをお勧めします
  • 子供の葬式と轢死という死の影がよぎる
  • なぜ死が描かれるのか、考えてみる価値はある

以上です。

 

 

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