学校がいらない6つの理由




こんにちは。ばんばんです。

ぼくはかねてから「学校はいらないんじゃね?」と思っていました。学生時代から学校にはなじめなかったです。

「学校になじめないのは自分がいけないんだ」

と思っていたのですが、働き始めてから考えが変わりました。

学校になじめないのがいけないんじゃなくて、学校そのものがおかしいんじゃね?

と思うようになったのです。

今回の記事では、学校はいらないと思う理由を書きます。

学校はいらない理由その① みんなと同じであれと強制するから

これにつきますね。あといくつか述べますが、根本的にはこの理由です。

学校は他人と同じであることを強制します。具体例は枚挙にいとまがありません。

  • みんなと同じ教室で生活する
  • みんなと同じルールに従う
  • みんなと同じ進度で勉強が進む
  • みんなと同じ服を着る
  • みんなと同じ行事に参加する

日本人が大好き「みんなと同じ」。この枠の中に納まらない人間は全否定。

そりゃいじめも不登校もあるでしょ。ないほうがおかしいわwww

なぜこんな方針で教育をしているかというと、「国や企業にとって都合のいい人間を育てたいからでしょうね。要するに奴隷がほしいのです。

上司や国の言うことに従う人間を作るためには、上に挙げたような教育をしたほうがいいのです。

学歴を重視したがる人がいますが、「高学歴=学校文化に染まっている」という指標だからですね。

学校がいらない理由その② 社会の実態と矛盾している

「学校は社会に出る前の練習だ」という人がいます。本当にそうなのでしょうか。

前の項で述べた通り、学校は他人と同じであることを強制します。では、実際に社会に出るとどういわれるのでしょうか。

「自分で考えろ」

「個性を発揮しろ」

これが矛盾じゃなくて何なのでしょうか。

強いて学校と社会で共通する点を挙げるなら、週五日労働くらいですね。

  • 学校 週五日通って二日休む
  • 社会 週五日働いて二日休む

という点だけは「社会に出る前の練習()」です。

ですが、ここ数年は副業も当たり前になり、起業のハードルも下がっています。週五日労働という常識は崩れ去っているのです。

というわけで、この点でさえ学校は社会の実態とはかけ離れていますね。学校はいりません。

学校がいらない理由その③ フォーマルな着こなしを教えない

個人的にはこの理由も結構強いです。

どんな生き方をしても、葬式や結婚式に出席するということは絶対にあります。

その際に適切な着こなしができるかどうかは重要です。礼服と一口に言っても、主賓が友人なのか親戚なのかで着こなしが変わります。葬式でも着て良い服とダメな服があります。

それらを一切教えず、「制服さえ着てればいい」で済ませる学校。これが社会に出る前の練習なら随分と奇抜な練習法です。甲子園に出るために卓球の練習をしているようなものですね。

学校はいらない理由その④ 学びの場ですらなくなっている

情報化社会になる前なら、常識や教養を身につけるために学校に行く意味はあったのでしょう。

現代ではスマホ一台あればあらゆる情報が手に入ります。学校で習うような学問から、社会でのマナー、常識、時事問題。すべて補えます。

「インターネットはアダルトや暴力描写を含む情報があふれているじゃないか」

スマホを買う際に規制ができるはずです。はい論破。

学校に行ったら行ったで無責任なうわさや間違った性の情報、いじめによる暴力はありますよね。インターネットより危険です。

スマホがなければ塾に行けばよいのです。お金がなくても通えるフリースクールも最近は増えています。月謝を払うとしても少なくとも私立の学校よりは安いでしょう。

学問というものは、学ぶ意志があれば何とでもなるのです。日本では学問の自由が保障され、言論弾圧もありません。スマホがなくても図書館に行けば勉強はできます。

「学校に行かなければ勉強はできない」という姿勢が間違っています。

学校はいらない理由その⑤ 社会性を身につける場所はほかにもある

「学校では社会性を身につけられる」というのは一理あると思います。

共同生活や集団の秩序を保つ振る舞いはある程度は必要でしょう。

ですが、学校でなければいけないのでしょうか。

塾でもルールは守らなければいけないし、他人と共同生活を営まなければいけません。地域のスポーツチームに入っても同じです。

家にいてもそれらは必要なのではないでしょうか。

学校に行かなければ社会性は身につけられないという考えは通用しないですね。

学校はいらない理由その⑥ お金のことを教えない

フリーランスの方もおっしゃっていますが、学校ではお金について教えません。

税金、社会保障などの仕組みはもちろんですが、投資について教えないのは致命的です。

「お金を稼ぐのは悪いことだ。汚いことだ」という風潮のもと、お金を稼ぐ方法を教えてくれません。

積み立て投資や確定拠出年金はもちろん、読書や習い事といった「自分への投資」の重要性も教えません。

「お金のことは誰かが何とかしてくれる」という奴隷的発想を植え付けていますね。

お金に限らず、だれかが何とかしてくれるものなどありません。空条承太郎が言っている通り、道とは自分で切り開いていくものなのです

学校に行かなくても勉強もできるし、友達にも出会える!

ぼくが学校はいらないと思う理由は以下の通り

  • みんなと同じであることを強制する
  • 社会の実態と矛盾している
  • フォーマルな着こなしを教えない
  • 学びの場ですらなくなっている
  • 社会性を身に着ける場所はほかにもある
  • お金のことを教えない

学校に行かなくても、勉強はできるし友達にも出会えます。いきたくなければ行かなくてもいいのです。

自由に生きましょう。

 

 

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