創作小説 功太 ⑥

研究室には大川と、新幹線で話した男がいた。目が合うと、「また会ったね」と挨拶された。
「お知り合いですか」
田村が意外そうな顔をした。男は「ちょっとね」とはぐらかした。数分後に明
美が来た。本井に気づくと話しかけた。
「お加減いかがですか」
「良くなったよ」
「この前教えてもらった本、読みました」
「どうだった」
「面白かったです」
「お兄さんはどう?」
「元気で働いてます」
「結婚の話はどうなったの」
「今は、式場を探してます」
「楽しみだね」
「先生も、良い人を見つ けてくださいね」
明美は視線を足元に落としていた。前髪が垂れさがって影を落としていた。
「そろそろ行きましょう」
田村が部屋を出て、四人が続いた。上演会は講堂で行われる。少し離れているので、話をしながら歩いた。功太は本井に声をかけた。
「大川先生とお知り合いなんですか?」
「教え子だね」
「そうだったんですね」
「田村が迷惑をかけてない?」
「迷惑というほどでは……」
「あいつも面白い男でね。ぼくのために色々やってるみたいだ」
「先生を教授にしたいとか」
「高校の時に少し目をかけてやったら、懐かれてしまってね、バカなことをするかもしれないけど、悪気はないから許してやってくれ」
会場に着いた。功太は明美の隣に座った。電気が消えて、劇が始まった。
ハムレットを演じたのは、背の高い青年だった。母の心変わりを嘆く場面では、客先に剣を突きつけていた。そのきらめきが、印象に残った。オフィーリアは顔の彫りが深かった。高い声がよく響いた。彼女が死ぬ場面では、舞台の奥でのけぞった影が壁に映る演出がされていた。
「思ったよりは良かったね」
外に出てから本井が言った。
「演劇部の連中も馬鹿にできないですね」
田村が引き取った。明美と功太は並んで歩いていた。明美が呟いた。
「オフィーリアはなんで死んだんだと思う?」
功太は「わからない」と答えた。そのまま進むと、明美が足を止めた。額に手
を当てて俯いている。顔が青くなっていた。肩を貸した。三人は気づかずに行ってしまった。近くのベンチに彼女を座らせて、後を追おうとしたが、止められた。
「少し休めばよくなるから」
声はか細かった。背もたれに体を預けて、首筋を揉んでいる。
「さっきの話なんだけど、オフィーリアはなぜ死んだのだと思う?
「……殺されたのかもしれないね」
「 誰に」
「ハムレットに」
二人の前を、たくさんの人が通り過ぎていく。風が吹いて、木の枝を揺らしていた。喧騒に混じって、明美の声が聞こえた。
「弱き者よ、汝の名は女なり……」
しばらくすると三人が戻ってきた。明美は侘びを言いながら立ち上がった。大川が手を貸そうとしたが、断った。

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