創作小説 初雪の降る頃に ③

下校しようとすると裕二に会った。昨日よりは少し落ち着いていて、足取りもしっかりしている。京子は逃げ出したくなったが、足が動かなかった。
「話したいことがあるから、一緒に帰ろう」
裕二と並んで門を出る。風は冷たい。空は曇っていて、雪が降りそうだった。
駅前の喫茶店に入った。校門を出てから店に着くまで、二人は一言も話さなかった。
「長坂先生がああいうことになったけど」
裕二が切り出した。京子は裕二を見ることができず、マグカップから立ち昇る湯気を見つめていた。手が震えていた。
「死んでよかったと、お前は思っとるんか」
裕二がカップをテーブルに置く音が、実際よりも大きく聞こえた。店内は家族連れやカップルで賑わっていた。裕二と京子のいるテーブルだけが静けさに包まれていた。絞り出すような声で、京子は言った。
「思っとる」
声は震えていたが、彼の方に顔を向けていた。裕二は目を細めて彼女を見つめていたが、やがてため息をついてうなだれた。
「お前がそこまで腐っとるとは思わんかった」
彼は財布から千円札を抜き出してテーブルに置き、早足で店を出ていった。

 

喫茶店を出て、京子は重い足取りで家路についた。日も暮れて、気温はさらに低くなっていた。
夜の八時半を回った頃、雪が降りだした。積もれば練習が中止になると言って光晴は喜んでいた。京子は窓から、闇の中に舞う雪を見ていた。

朝になってカーテンを開けると、家の屋根にも車のバンパーも真っ白になっていた。道路にも雪が積もり、車のタイヤの跡が付いていた。空は曇り、家を出ると肩や頭に雪が薄く積もった。
学校の敷地にも積雪していて、ローファーの中の靴下は教室に入る頃にはぐっしょり濡れていた。白くて小さな足には感覚が無くなっていて、タオルで拭いてから予備の靴下に履き替えた。
家に帰ってから、光晴の部屋のドアをノックした。
「どうした?」
「ちょっと話したいことがあるから、入っていい?」
光晴は京子をベッドに座らせて、自分は机の前の椅子に腰をおろした。
「長坂が死んだけど、どう思った?」
「どう思ったって、たいした感想は持っとらんよ。ああ、死んだな、って感じ。体が真っ黒になっとったのはビビったけどね」
天気の話でもするかのように話す弟を見て京子は苦笑した。
「わたしはね、死んだって聞いたときは嬉しかったよ。やっと消えてくれたって思った。別に、その感情が間違っとるとは思わん。思わんけど、昨日、裕二に聞かれたんだわ、長坂先生が死んだけど嬉しいと思っとるかって」
「裕二さんに? で、なんで答えた?」
「嬉しいって答えたよ。それがわたしの気持ちだでさ」
光晴はあっけにとられたように口を開けていた。
「わたしは自分の言ったことが間違っとるとは思わんよ。長坂はわたしにひどいことを言ったし、ひどいことをしたでね。天罰が下ったと思っとるくらいだわ。でも、一つだけ思ったことがあるんだわ。この前あんたと話したけど、わたしが一年生のときいじめとった子。もしわたしが長坂みたいに病気になって死んだら、あの子は嬉しいって思うんかな」
光晴は黙っていた。部屋の中は物音一つしなくて、外の道路を車が通る音が聞こえた。光晴が腰を浮かせて体勢を整えると、椅子が軋んだ。
「もしわたしが死んで、あの子が喜んどったら、どう思う、光晴」
「許せん。殴ってしまうかも知れん」
光晴のその言葉を聞いても、京子は嬉しい気持ちにはならなかった。代わりに、喫茶店でうなだれている裕二の姿を思い出していた。

 

京子は学校の授業を聞いていても集中できず、ノートもほとんどとっていなかった。家に帰ってからも机の上の問題集を開くことはなく、窓の外を眺めていた。家の前の道路に残った雪が、街灯に照らされて闇の中に浮かんでいた。
部屋に帰ってから、京子はスマートフォンをいじっていた。フェイスブックやツイッターを確認して、ニュースサイトも見たが、何も頭に入って来なかった。画像フォルダを開くと、友達と撮った写真に混じって、裕二と写っている写真があった。二人でプリクラを撮り、それをスマートフォンに転送したものや、遊園地で撮ったものが残っていた。白い指を画面の上で滑らしているうちに、京子の頰を涙が伝っていた。視界は滲んで手は震え、喉の奥から喘ぐような声が漏れて来た。しばらく泣きじゃくったあと、涙を拭いて裕二に電話をかけた。
「なんだよ」
「ごめん裕二……わたしが悪かった……言ったらいかんことを言った……。ごめん、本当にごめん。長坂先生は厳しくて、わたしにひどいことを言った。でも、本当は良い人だったんだと思う。裕二や、クラスの人たちが泣いてたってことは、それだけ慕われとったんだって、今になってようやく気づいた。ごめんなさいって言いたい、長坂先生に、ごめんなさいって言いたい……」
「今更何を言っとるんだ」
電話は切れた。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です