創作小説 「功太」 ②

大学は広くて、建物も大きかった。小さな校舎の前で立ち止まった。日陰にひっそりと佇んでいて、色もくすんでいた。窓から中の様子が見えたが、人はおらず、電気も点いていなかった。扉を開けて、階段を上った。
二階の一番奥の部屋をノックした。「どうぞ」と声がして、中に入った。大川は本を読んでいた。功太には注意を払わない。壁は本棚で埋まっていた。彼は椅子を指差した。
「お母さんから話は聞いてるよ」
本を閉じて向かい合った。三十代前半くらいで、背が高く華奢な体つきをしていた。
「外国文学科だっけ」
「はい」
「誰の作品が好き?」
いくつかの名前を挙げたが、話は広がらなかった。功太は気詰まりだったが、大川は平気そうだった。机の上に「ハムレット」があった。
「お好きなんですか」
「学生時代からね。君は?」
「読んだことはあります」
「ぼくはね、ハムレットが好きなんだよ。彼の気持ちはよくわかる。あんな母親は、憎んで当然だよ」
彼の口調は自嘲気味だった。新幹線で会った男と、大川の印象は似ていた。無駄な話しをしない。質問は短く、簡潔だった。高圧的ではないが、答えなければいけないという緊張感を与える。
「迷わなかった?」
「大丈夫でした」
「うちの大学は広いから、校舎の位置を覚えるのも大変だよ。時間があるなら見て回るのもいいかもね。今日なら人もいないし」

敷地内を歩いていると、噴水があった。池の左右から向こう側にかけてp、小高い丘の様になっていた。女が二人立っている。水で煙って、顔はわからなかったが、並んでいる姿は美しかった。一人は黒髪で、もう一人は茶色がかった髪をしていた。
女たちは功太のほうに歩いて来た。黒髪の方が介添えをしている。二人とも、年齢は十代後半くらいだった。功太から十メートルほどのところで立ち止まって、話し出した。聞き入っていると、黒髪の方がこちらを向いた。大きな瞳だった。二人は功太のそばを通り過ぎた。茶髪の女は功太には目をやった。黒髪は前を向いたままだった。離れていく後ろすがたを、功太は見つめていた。

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