創作小説 「功太」 ③

学校は人で溢れかえっていた。サークルの看板が立ち並び、功太は勧誘のチラシを渡されたが、読まずに捨てた。校舎の中も学生がたくさんいた。掲示板の前には人だかりができていた。
教室には五十人ほどの新入生が集まっていた。一人でいる者もいたし、グループもできていた。教授が入ってくるとガイダンスが始まった。授業や一年の流れについて説明された。メモを取っていたが、頭には入ってこなかった。終わるとまた騒がしくなった。荷物をまとめていると、隣の男が話しかけてきた。
「退屈だな」
背が高く、肩幅が広い。髪の毛は短くて、坊主頭に近かった。
「高校の授業と変わらんな」
「うちの学科は、まだ面白そうな授業が揃ってるよ」
「たかが知れてるよ」
何も期待していない、といった口調だった。
「腹減ってないか。おごるよ」
男は早足で出て行った。人をかき分ける様にして歩いていく。迷ったが、ついていくことにした。大きな背中を追いかけていく。がに股で、肩を揺すって歩いていた。何人かの学生と挨拶していた。
「もう友達がいるの?」
「ネットで知り合った連中だよ」
食堂でも声をかけられていた。やりとりを聞いていて、彼の名前が田村であることがわかった。功太はカレーを奢ってもらった。
「大学の飯はどうだ」
「おいしいね」
「おれはもう飽きた」
入学前から大学に出入りしていたらしい。サークルや授業も体験していた。
「飯は美味くても、授業はだめだよ。うちの教授は才能がないからな」
田村は功太には気を遣わずに話した。
「お前も親に学費を出してもらってるんだから、まともな人に教えてもらいたいだろ」
「まあ、そうだね」
「おれの知ってる人が、すごく優秀なんだ。教授に推薦しようと思ってる。協力してくれないか」
「協力って、どうすればいいの」
「これから教授の研究室を掃除するんだ。手伝ってくれ」
その教授は、田村が推薦したい人物と親しい。仕事を手伝っておけば、有利になるかもしれないということだった。功太は戸惑ったが、掃除を手伝うくらいならと思い、同意した。
「それじゃあ、すぐに行こう」
田村は歩き出した。慌ててついて行く。校舎を出て、大川の研究室に向かった。部屋に入ると、大川は田村を見て苦笑した。
「また仲間を増やしたね」
「同じ学科のやつを捕まえました」
大川と功太が顔見知りだったことには、田村は関心を払わなかった。彼はすぐ掃除に取り掛かった。背が高いので、上の方にある本にも手が届いた。手際よく本をまとめて、机に並べていく。功太はそれを段ボールに入れる。本をしまった所は雑巾掛けもする。仕事を進めていると、ドアがノックされて、女が入ってきた。噴水で見かけた、黒髪の女だった。大川が声をかけた。
「遅かったね」
女は頭を下げたが、悪びれる様子はなかった。功太は目が離せなかった。彼女は彼の方に目を向けた。
「こちらは西宮さん。昨日話した人だよ」
大川は西宮に功太を紹介した。彼女は「西宮明美です」と会釈した。
「外国文学科?」
明美が功太に聞いた。
「はい」
「よろしくね」
「小野君もシェイクスピアが好きなんだよ」
大川が付け足した。好きな作品を聞かれたので、ハムレットと答えると、「わたしも」と明美は言った。小さな声だが、はっきりと聞こえた。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です